素人でもわかる!企業価値を教えます
1 企業価値とは
企業価値とは、事業・財産・負債・株式の状況を考慮して決定する、会社全体の価値のことです。
つまり企業価値は、会社を取り巻く人々(顧客・株主・債権者・投資家)にとって、どれだけ魅力があるのかを具体的な金額で表したものといえます。
そのためM&Aや投資を行うときには、まず企業価値が判断の基準になります。
2 企業価値を決める要因
それでは、企業価値はどのようにして決定するものなのでしょうか。
日本公認会計士協会『企業価値評価ガイドライン』によれば、企業価値は5つの要因によって決まるとされています。
その要因とは、①一般的要因 ②業界要因 ③企業要因 ④株主要因 ⑤目的要因になります。
まず、企業価値を決める要因のうち、企業経営に影響を与えるマクロ的要因にあたるのが ①一般的要因です。
一般的要因とは、主に以下のような社会的動向によるものです。
◆政治
◆経済/景気対策
◆法令
◆景気
一方で、ミクロ的要因として挙げられるのが ②業界要因 ③企業要因 ④株主要因 です。
②業界要因は、企業価値を決めるときに、対象の会社が業界のどこに位置づけられているかを考える重要性のことです。具体的には以下の点を考慮する必要があるでしょう。
◆業界における自分の会社のライフステージ
◆業界の組織再編の動き
◆業界の上場会社の株価変動
◆競合他社の経営戦略
◆競合他社の業績
②業界要因が企業経営に外的に影響を及ぼすものであるのに対して、③企業要因は会社そのものに起因する内的な要因であるといえます。
◆業界における自分の会社のライフステージ
◆経営計画の内容と達成状況
◆収益性
◆財政状態
◆配当政策
◆ノウハウの特異性
企業経営には、資本調達の要である株主も当然大きな影響を及ぼします。したがって株主も企業価値の形成を担っているといえますが、企業価値を定めるときに考えなければならない④株主要因としては以下の事柄が挙げられるでしょう。
◆株主の構成(株主は集中しているか、分散しているか)
◆株主の関係(同族関係にあるのか、支配株主関係にあるのか。また、一定の株主グループの形成状況はどうか)
◆株式の種類と発行状況
◆取引後の株主構成の変化
◆取引の数量
◆過去における売買の事例(株式の流動の状況はどうか)
◆株式譲渡制限はあるか
上記の経済状況・業界の動向・事業計画・株主といった企業経営に関する4つの要因のほかには、⑤目的要因があります。
つまり、企業価値をどういった目的で評価するかによって、その価値は違ったものになる可能性があるのです。
◆取引(投資検討、保有管理、売却検討)
◆裁判(反対株主、譲渡制限株式保有者、株主の相続人等からの請求に応じて)
◆その他(処分目的、課税目的、取得原価の配分など)
このように、企業価値の決定にはこれらの要因が複合的に影響を及ぼします。
会社ごとに企業経営の状況や企業価値算出の目的は異なるため、企業価値の評価は機械的に求められるものではありません。
個々の事情を反映させて、正確な企業価値を算出するために、目的に応じた計算方法を使い分ける必要があります。
3 企業価値の計算方法
適切な企業価値を求めたいと思ったときに、どのようなアプローチが選択できるのでしょうか。
企業価値のいくつかの計算方法について、その概要とメリット・デメリットを紹介していきます。
まず、企業価値を算出しようとする場面として、大まかに言えば2つの場合を想定することができます。
1つ目は、会社が継続することを前提としている場合で、2つ目は、会社の清算を前提としている場合です。
◆会社が継続する前提の場合
会社が継続的に営業活動を行う場合には、利益の獲得やキャッシュ・フローによる現金収入が見込まれます。
このとき企業価値は、会社が将来生み出しうる利益を現時点での価値に換算した金額とみなせるでしょう。
企業価値をそのように捉え、会社の将来的な付加価値を基盤としたアプローチをインカムアプローチといいます。
インカムアプローチによって、動態的な企業価値評価を行うことができるのです。
インカムアプローチでは主に3種類の計算方法があります。
1. DCF法
DCF法は、将来見込まれる現金の増減(キャッシュフロー)を現在の価値に換算することで企業価値を評価する方法です。
インカムアプローチにおいて最もスタンダードな計算方法とされています。
(計算式) 企業価値=フリーキャッシュフロー(FCF) ÷ 割引率
インカムアプローチのスタンダードとされるDCF法ですが、問題点もあります。
フリーキャッシュフローの予測期間や永久成長率の設定は、専門家でも意見が割れる部分になるので、どうしても計算に恣意性が含まれてしまうのです。
しかし、見方を変えれば、主観的な視点が入る余地があるということは、メリットでもあります。
なぜなら、実際の状況に即して様々な視点から企業価値評価に取り組めるからです。
DCF法を採用することで、一つ一つの状況に対応した柔軟な
価値評価を行える点が強みになるでしょう。
2. 収益還元法
収益還元法は、会社が将来生み出すと思われる収益を予測し、現在価値に換算して企業価値を評価する方法です。
(計算式) 企業価値=平均収益÷資本還元率
収益還元法では平均収益の変動が少ないほど、正確な企業価値の算出につながるとされるので、ベンチャー企業のように収益の変動が大きい会社に適用するのは難しいといえます。
3. 配当還元法
配当還元法は、将来の配当額を予測し、企業価値を算出する方法です。
(計算式) 企業価値(≒元本の株式)=配当額(見込)÷ 利率
ただし、企業が設定する配当政策によって配当額は変動するので、配当額を確定させることは困難であり、大企業のM&Aなどではあまり実用的ではありません。
しかし、株式が非公開もしくは株主が少数の企業は、配当政策が変動しにくいため、配当還元法が有効になるでしょう。
上記で紹介したようなインカムアプローチを用いる場合には、メリット・デメリットを把握しておくことが必要です。企業価値を算出する目的と照らし合わせて、デメリットの方が大きいと感じた場合には、インカムアプローチ以外の企業価値評価の方法を検討したほうが良いでしょう。
インカムアプローチ以外の方法については、またのちほど紹介していきますが、ひとまずインカムアプローチのメリット・デメリットについてまとめると以下の通りです。
メリット(1)将来性などの要素を計算に含められる
インカムアプローチにおける最大のメリットは、将来性やシナジー効果といった主観的な判断余地のある要素を計算に反映させられる点です。たとえば、現状であまり収益を上げていない会社でも、成長する可能性があるかもしれませんし、他社とのシナジー効果によってM&Aで莫大な利益を生み出すかもしれません。
インカムアプローチは、そういった将来性を予測して計算に織り込むことができます。
インカムアプローチ以外の評価方法では、過去のデータをもとに確定的な金額を算出するので、将来を見越した判断が入る余地はないといえます。
したがって、柔軟性の高い評価方法をとりたい場合には、インカムアプローチが最適でしょう。
メリット(2)活用の選択肢が多い
インカムアプローチの活躍できる場面は多岐にわたります。柔軟な価値評価が行えるという強みを活かして、M&A以外の場面でも広く用いられています。
具体的には、事業投資や設備投資に対する評価、資産の価値評価、金融機関での貸倒引当金等などです。様々な場面で応用できることも、インカムアプローチの長所といえます。
×デメリット(1)主観に偏りやすい
将来性を加味して計算できることはインカムアプローチの強みですが、その半面、慎重に予測しなければ主観的な評価になってしまう可能性もあります。将来性を過信して見積もると、客観性を欠いた評価として扱われてしまうので注意が必要です。
×デメリット(2)事業の継続が前提となっている
インカムアプローチは、会社が収益を生み出そうとする活動を継続することが前提になっている評価方法です。
事業の継続が短期だと見込まれる場合、そもそも適用することができません。
会社の存続を前提とするインカムアプローチとよく似た方法に、マーケットアプローチがあります。
マーケットアプローチは、同業他社の株式市場における時価総額や、M&A市場で類似する買収例の相場をベースに企業価値を算出する方法です。
事業が存続するものとして進める点においてはインカムアプローチと同じですが会社の株式市場・M&A市場における取引価額をもとに計算するので、企業価値がより客観的であるとみなされます。
代表的なマーケットアプローチとしては、類似業種比準方式と類似会社比準方式があります。
1. 類似業種比準方式
類似業種比準方式は、自社と類似する業種に属する上場会社の株価を比較対象として、自社の株価(≒企業価値)を算出する方法です。
この方法は、主に相続や遺産分割の場面で採用される傾向にあります。大量の財産を保有していても経営が苦しいため、売上に見合わない相続税を支払わなければならないといったケースで、相続税の節税対策のために用いられます。
2. 類似会社比準方式
類似会社比準方式は、自社と事業内容が類似する企業の財務指標を参考にして、企業価値を算出する方法です。この方法は、上場を目指す会社や上場目前の会社が上場した場合の株価がどの程度になるかを見積もる目的で用いることが多いです。
マーケットアプローチは数式や数値が固定的なので、インカムアプローチに比べて計算過程は明確になりやすいうえ、より客観的な企業価値を知る方法のひとつです。
しかし、マーケットアプローチにもデメリットはあります。
メリット・デメリットを正しく把握し、目的に沿った企業価値の評価方法を選択することはとても重要です。
マーケットアプローチには、どのようなメリット・デメリットが挙げられるのでしょうか。
メリット(1)評価の客観性を保てる
マーケットアプローチでは、株価やEBITDAなど公開された指標を計算で使用します。
そのため、インカムアプローチのように主観的な判断が持ち込まれないので、偏った評価になる心配がほとんどありません。
メリット(2)計算がしやすい
マーケットアプローチの計算式はすでに定型のものとなっているので、そこに 数値を当てはめるだけで手軽に評価を行うことが可能です。
メリット(3)自社分析にもつながる
マーケットアプローチで企業価値を算出するためには、市場における類似の商品やサービスの平均価格を十分に把握しておかなければなりません。そのため、市場や同業他社の徹底した分析を通じて、今まで気づいていなかった自社の強み や課題を知る機会を得られるでしょう。
×デメリット(1)市場の変動に釣られやすい
市場は常に安定しているわけではなく、ときに目まぐるしく変化するものです。
たとえば、政策の影響や投機的な取引によって株価の大規模な変動が生じたり、天災の影響を受けたりするおそれがあります。
また、風評被害やインサイダー取引に巻き込まれた結果、企業価値を適切に評価できなくなってしまう可能性もゼロではありません。
×デメリット(2)類似企業を見つけることの困難性
マーケットアプローチでは自社と類似する業種の上場企業を比較対象とする必要がありますが、そのような類似の上場企業が見つからない場合もあります。
他の企業では見られないような方向性の事業コンセプトやビジネスモデルを展開している場合や、あるいは成長ステージが異なる場合などに、類似企業を見つけることが困難になってきます。
◆会社を清算する前提の場合
これまでに紹介したインカムアプローチとマーケットアプローチは、会社の継続を前提として企業価値を算出するための方法でした。
それに対して、会社の清算を念頭に置いて企業価値を求めるときに採用されやすいのが、コストアプローチという方法です。
コストアプローチは、会社が現時点で保有している資産と負債をベースにして企業価値を算出する方法です。
コストアプローチは、主に中小企業のM&Aで採用されやすい傾向にあります。
なぜなら、マーケットアプローチでは、中小企業と類似するビジネスモデルで同規模の上場企業を見つけるのが難しく、インカムアプローチでは、中小企業においては将来収益の予想が困難となるからです。
それでは、コストアプローチの代表的な方法である簿価純資産法、時価純資産法、時価純資産+営業権について紹介していきます。
1. 簿価純資産法
簿価純資産法では、会社の資産と負債の帳簿価格を用いて計算を行います。
帳簿上に記載の資産合計から負債合計を引いて出てきた純資産額を株式価値とみなします。
つまり、資産-負債=純資産(≒株式価値)というわけです。
このとき、逆算的に株式価値+負債=企業価値(≒資産)となります。
簿価純資産法を用いれば、そうした簡単な手順で企業価値を算出できます。
ただし、あくまで既存の帳簿上の数値になるので、資産および負債の帳簿価格と時価に開きがある場合は注意が必要です。
2. 時価純資産法
帳簿価格と時価の誤差を小さくするために、会社の資産・負債の項目を時価に置き換えて株式価値を算出するのが時価純資産法です。
計算式自体は簿価純資産法と同じですが帳簿上の金額ではなく時価を用いる点で異なります。
なお、全ての資産・負債を時価に置き換えることは実務的に難しいため、重要な損益に限定して評価替えをするケースが多いです。
3. 時価純資産+営業権(のれん)
時価純資産+営業権は、時価純資産に営業権を加算して株式価値を算出する方法です。
営業権とは、会社のブランド力や人的資源など、帳簿上では評価されない要因によって期待される超過収益力のことで、いわゆる「のれん」とよばれるものです。
時価純資産に営業権を加算することで、会社の収益力を加味した企業価値を知れるため、主に中小企業のM&Aでよく採用されています。
コストアプローチは、他の企業価値評価に比べて計算しやすく、中小企業のM&Aで広く用いられている方法ですが、どのようなメリット・デメリットが考えられるのでしょうか。
〇メリット(1)客観性が高い
コストアプローチは、貸借対照表での金額をベースにしているので、ある時点で確定している数値を基に企業価値を計算するため、評価結果の客観性に優れます。
したがって、営業活動の継続ではなく売却による清算を目的としたM&Aのシーンでは、企業価値の客観性が保証されるコストアプローチは適しているでしょう。
×デメリット(1)会社の将来性を反映させづらい
ある時点での情報を基に企業価値を評価するということは客観性に優れますが、逆に言えば、将来の収益性を加味できないということでもあります。
したがって、M&Aであっても事業の継続を視野に入れている場合は、他のアプローチによる価値評価を検討した方が良いかもしれません。
これまで、企業価値の代表的な評価方法として、インカムアプローチ、マーケットアプローチ、コストアプローチを紹介しました。
企業価値は一面的な見方によって決められるものではありませんので、評価の目的や会社の特性に合ったアプローチを選択することが重要です。
企業価値を適切に把握するためには、価値評価の方法について理解を深めることが不可欠だといえるでしょう。
4 企業価値向上のメリット
実際に上記のようなアプローチで企業価値を正確に把握することは、いったいどのような必要性があるのでしょうか。
今までは、企業価値は経営者というよりむしろ投資家にとって大きな意味を持つ言葉でした。
投資家や株主から見て、投資する価値のある会社なのかどうかを判断する基準として、企業価値が求められていたのです。
つまり、これまで企業価値は会社を外側から評価するときの指標だったのです。
しかし、近年では、会社の内部においても企業価値を把握する重要性が問われるようになっています。
会社の経営陣や管理職だけではなく、一般社員に至るまで、企業価値をどう捉え、どう向上させていくかという問題意識の共有が求められる時代になっているのです。
会社の内外を問わず、現状では企業価値を問うことの意義がますます高まっているといえますが、企業経営の視点から見て企業価値を向上させることのメリットとは、具体的にどのようなものでしょうか。
〇メリット(1)キャッシュフローが高まる
業績アップや社内効率化など、多角的なアプローチで企業価値を高めることによって、金融機関からの信頼性を得ることにつながり、設備投資や事業拡大のための融資を受けやすくなります。
そうした融資を活用して、より質の高い製品やサービスを提供することが可能となり、さらなるキャッシュフローの獲得が期待できます。また、キャッシュフローの創出によって企業価値が高まり、再びキャッシュフローが拡大されるという、企業成長の好循環も見込めるでしょう。
〇メリット(2)投資などで優位性を保てる
企業価値が高い会社ほど、市場から株式投資や融資を呼び込める機会に開かれているだけでなく、吸収合併などM&Aを行う際にも、交渉の場で強気な条件を提示して優位な立場に立てる可能性があります。
また、地盤をしっかり固めた企業体質を目指していくことで、株主総会も優位に進められるといえますし、敵対的買収から会社を守るといったメリットも得られるでしょう。
したがって、企業価値を高めることは、企業経営の主体性を維持することにつながるといえます。
5 まとめ
企業価値とは、会社の財務・経営状況を考慮して決定する、会社全体の価値のことです。
そのことから企業価値は、株主や投資家、顧客など会社を取り巻く人々にとって、どれだけその会社に魅力があるのかを具体的な金額で表したものといえます。
そのため、M&Aや投資を行うときには、まず企業価値が判断の基準になるのです。
こうした企業価値は、景気や政策といった社会的要因と、事業戦略や人財といった会社の内的要因、そして価値評価を行う目的が複合的に作用し、決められます。
このように様々な要素を加味しなければならないので、企業価値を適正に評価するためには、会社の特性に合ったアプローチを選ぶことが重要になってきます。
企業価値の評価方法は様々であり、ときに専門家の間でも意見が割れるほど、企業価値を決めるのは難しいことです。
しかし今一度立ち止まって、自社にとっての企業価値とは何か、そしてそれをどう高めていけばよいかを考えてみることは、経営の見通しを立てる過程に不可欠だといえるでしょう。